妙圓寺

天台宗 和光山 醫王院 妙圓寺

妙圓寺山門
妙圓寺全景

【開山】不詳
【中興】舜尭法印 元和元年(1615年)中興開山と伝わる
【開基檀越】村民の祖 水嶋五郎右衛門の母 月盛妙圓禅尼
【霊穴岩屋】比叡山延暦寺不滅の法燈御分燈安置

妙圓寺は正式名称を和光山(わこうざん)醫王院(いおういん)妙圓寺(みょうえんじ)といい、比叡山(ひえいざん)延暦寺(えんりゃくじ)を総本山とする天台宗のお寺です。妙圓寺が開山された年代は残念ながら不詳ですが、元和元年(1615年)に比叡山の僧舜尭阿闍梨により中興されたと伝わっています。その時の外護者が村民の祖水嶋五郎右衛門家の母「月盛妙圓禅尼」とされ、故に水島家を「開基檀越」としています。

昭和40年代中頃まで半径500メ-トル周囲に一軒も人家が無かった緑深い山あいにある鄙びた「山寺」の風情を今に伝えています。天保年間に相模国内の名勝と徳川家康由来の事績を探訪して編集された「相中留恩記畧」の絵図には、私の小学生時代に広がっていた光景そのものが描写され、現在と変わらない「本堂」「辯天堂」「岩屋霊穴」などが山間に点在、さらに明治27年の記録にまだ存在が明記されている「薬師堂」と「鐘楼」も描かれていました。

院号を「醫王院」とし寺の古記録に薬師如来を旧本尊と記してあることから、開山当初の本尊が薬師如来であり薬師堂が中興以前の本堂だったと推察されます。

市内では大きい部類の佛像とされる阿弥陀如来座像を御本尊とする「本堂」には、旧本尊薬師如来日光月光十二神将をはじめ数多くの仏像を安置、朝には「護国三部経」夕には「念佛回向」を誦して各家の安寧と精霊の供養に勤めております。「辯天堂」には八臂宇賀辯財天が安置され、毎朝「華水供」を修法して世界平和と有縁の皆様の心願如意成就を祈願しています。

本堂裏手は墓地となっており、ともに水島家ゆかりの近隣最大といわれる「五輪塔」や「四十九院塔」と呼ばれる珍しい石塔も遺されています。平成18年に「永代供養塔」も建立されました。ご実家が遠方でなかなかご供養ができず気になっていらっしゃる方など宗派を問わずお声がけ下されば「追善供養」の法要をお勤めしますし、「施餓鬼会」にご参列頂きご供養いただくことも可能です。「永代供養墓」についてのお問い合せもどうぞお気軽にお寄せ下さい。また、巳の日ごとの「護摩供」はどなたでもご一緒にお参りすることができますし、「お札」のお申込みや「個人祈祷」も随時受け付けております。皆様のお参りを心よりお待ち申しあげております。

妙圓寺住職 池田正顕

五輪塔
四十九院塔
四十九院塔
永代供養塔

歴史資料

妙圓寺絵図
相中留恩記畧 巻之八 大住群土屋村
妙圓寺絵図 相中留恩記畧 巻之八 大住群土屋村 天保七(1836年頃)
昭和30年頃の妙圓寺境内の様子
昭和30年頃の妙圓寺境内の様子
昭和30年頃の妙圓寺境内の様子